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岐阜地方裁判所高山支部 昭和34年(ワ)74号 判決 1962年12月25日

原告 竹森竹次郎 外一名

被告 上田良太郎

主文

原告等の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等は、被告は原告等に対し、別紙目録<省略>記載の有体動産を引渡せ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、原告等は訴外高山市初田町二丁目二十五番地中水正二に対し、金七十五万円の債権があつたが、同人は支払困難の為め別紙目録記載の同人所有の物件を実際は三十五万円の価格であるが債務の支払に代えて昭和三十年十一月十一日代金七十五万円として、原告等が買受け、更に右物件を昭和三十年十一月十二日より同三十一年十一月末日迄一ケ月金一万五千円毎月末日限り支払う約にて賃貸し、同三十年十一月十七日岐阜地方法務局高山支局法務事務官蒔田末孝作成昭和三十年第一、三九九号を以て売買同第一、四〇〇号を以て賃貸借のそれぞれ公正証書を作成した、

然るところ訴外中水正二は、原告等に無断で右物件を昭和三十年十一月下旬訴外松坂潔及び奥田利夫に対し何時にても返還する約にて転貸したのであるが、被告は同年末頃前記松坂、奥田等に対し、中水正二より買受けたりと称し右物件を強引に引取つたのである、然し乍ら右物件は中水正二の所有物で無く原告等の所有物であり原告等より松坂潔等に対し物件の返還並に賃料の請求を為したところ前記事情により被告が松坂等より引取つた事実が判明した。

仍つて原告等が賃貸して居る中水正二に対し被告に譲渡した事実があるや否やを確めたところ、そういう事実は無く原告等の所有物件であることを確認した、

右の事情で本件物件は元々原告等の所有物件で且つ中水正二より被告に売渡した事実も無いので原告等は被告に対し右物件の引渡を求めたが応じないから本訴に及ぶと陳述した。<立証省略>

被告は、主文同旨の判決を求め、答弁として原告等主張事実は全部不知本件有体動産は現在被告が所持していないと述べ、抗弁として被告は訴外中水正二に対し金五〇万円の貸金債権を有していたが、右中水はその債務の給付に代えて自己所有の集材機を被告に代物弁済した、右集材機は五〇〇米のワイヤロープしか使用出来ないものであつて、附属品の数量は本件有体動産より少く本件有体動産とは別個のものである、右集材機は被告が訴外松坂潔、同奥田利夫に売渡し、同訴外人等は更に訴外倉畑継治に売渡した、従つて右集材機の現在場所は知らない旨陳述した。<立証省略>

裁判所は職権で被告本人を尋問した。

理由

原告等は、別紙目録記載の物件は甲第一号証の公正証書により訴外中水正二より買受けたもので、更にこれを訴外中水に月賃料一万五千円で賃貸していたものを同訴外人が訴外松坂潔、奥田利夫に無断で賃貸したのであるが、被告は昭和三十年末頃右訴外人等に対し、訴外中水正二より買受けたと称して右物件を強引に引取り所持しているからこれが引渡しを求むというに在るが、成立に争の無い乙第三乃至第五号証によると、原告竹森竹次郎は原告足立助左衛門を補佐人として訴外渡辺嘉吉に対し当裁判所昭和三十一年(ワ)第六三号約束手形金請求事件の口頭弁論期日において、本件甲第一号証の公正証書は、昭和三十年十一月上旬訴外足立助左衛門が原告(竹森)宅に来て訴外中水正二より左記のとおりの申出があつたが如何するか相談に来た、「自分(中水正二)は相当多額の負債をして居るので何とかして切抜け度いがこれが対策として一時自分所有の集材機及び付属品一切を竹森、足立の名義に書替えしてくれ其内立上り解決し度い」と、依つて原告は単に中水正二を救済する意味で集材機の所有名義を替えることならば承知してもよいが・・・・機械を債権の肩替りとして取るというのであれば断ると申したところ、中水の申出も原告の意思と同一であるから・・・・集材機を原告及足立助左衛門の所有名義に公正証書により書替えた、併しその時金銭の授受は無く、原告は集材機の代金を払つていないから右公正証書は架空のものである旨、陳述し、この後これを適法に取消若しくは訂正した事実も認められない。

果してそうとすると、原告等(竹森は本人として、足立は竹森の補佐人として)は、別訴においては本件公正証書は架空無効のものである旨主張しながら、本件において全く相反する即ち有効のものとしてこれを基礎に所有権に基く引渡しを求めんとするのである。

先ずかかる主張が適法に許されるものか否について判断する要がある、斯る主張は英米法にいわゆる禁反言の原則若しくは衡平法上クリーンハンドの原則として禁じられるところのものということが出来る。勿論我訴訟法上の原則では無いが、我法上も信義誠実の原則、又は権利濫用の禁止規定等と相俟つて、一度訴訟手続において主張し口頭弁論調書に記載され判断の資に供された事実については適法にこれを取消すこと無くしては爾後これと相反する主張は許されず、その内容が真実に合するか否かを判断するまでも無く斯る一定の手続の下において主張した者はその主張した事実につき責任を負い、若しそれによつて不利益等が生ずることがあつてもこれを甘受する義務があるものというべきである、原告等は別訴では本件公正証書は架空無効のものであると自ら主張しているのであるから、その訴訟に於て右主張が適法に取消された事実の見るべきものが無いから主張者たる原告等は当然その主張に対する責任を負担すべく、これを隠秘して相反する請求をするが如きは二重請求若しくは濫訴のそしりを免れないものという外ない。よつてこの点においてすでに原告等の請求は他の部分を判断するまでも無く失当といわなければならない。

若し仮りに然らずとするも、証人松坂潔、同奥田利夫の証言並被告人尋問の結果によれば原告等の引渡しを求め、被告の所持するという集材機(本訴の目的物として被告は争うが)は、被告の訴外中水正二に対する五十万円の債権の代物弁済として訴外中水より訴外松坂、同奥田を通じ、昭和三十年末頃被告に引渡されたものであることを認めるに十分で、右訴外松坂等より被告に引渡の事実は原告等も認めて争わないところで、以上認定に反する訴外中水正二の証言はにわかに措信し難い。

又右引渡し前に、訴外中水より原告等に対し、甲第一号証の公正証書により売渡されていたとしても、前記認定の如く、原告等は当時右公正証書による売渡しを否認していたことが明かであるから、被告が売渡し権限の無い訴外中水より買受けたものとしても売主たる中水正二において正権限を有するものと認めるにつき何等過失が無く且つ善意に買受けたものと認定するに毫も差支えがないから被告は民法第百九十二条による引渡しによりその物件の完全な所有権を取得したものというべく、この点においても所有権に基き引渡しを求むる原告等の請求は失当であるから理由なきものとして棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 米本清)

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